冷水をおくれ

 ホウエン地方にはりゅうせいのたきという場所があり、そこはどこか不思議な雰囲気で、私は好きだった。静かで、それでいてどこか怖い。静かなものは、私にとっては恐ろしいことだった。
 それは些細なようで、重大な任務。リーダーの野望に関わる、かき集められた土台の一つ。それをもう少しで成し遂げようとしていたその時に、その少年は現れた。普通の少年ならまだなんとか口封じして追い払うことも出来たかもしれないが、不幸なことにその少年は異常な強さを見せつけてきた。ああ、本当に可愛くない。

「ウヒョ! 変なガキだけじゃなくアクア団まで来るとはな」
「はああんたも大概変ですけどねえ」

 戦略的撤退とはよく言うものだが、負けたら素直に引き返す我々マグマ団は結構良心的なのではないかと思う。さて直属の上司であり、マグマ団の幹部であるホムラさんは、いつもの妙な笑い声を上げつつ森の中で私の隣を走っていた。
 こんな状況にも拘わらず楽しんでいる様子のホムラさんは矢張り生粋の変人だと思う。私はにやにやにたにた笑みを浮かべるホムラさんを横目に、はあと溜め息を吐いた。

「しかしマグマ団の噂もめっきり地に堕ちましたねえ。最近ではゴロツキ連中が節操なく入ってくる始末ですし。アレ、どうするんです? 放っておくと面倒ですよ」

 頭に浮かぶのは、一体マグマ団の何が気に入ったのかやたら入ってくる不良連中である。いや、マグマ団に所属している時点で既に不良なのかもしれないが、表向きはマグマ団も自然保護のために働いている慈善団体だ。だから基本的にマグマ団に入ってくるのは、その志に同調したり、リーダーの人間性に惚れ込んだり、あとはマグマ団の勧誘にあったりした奴らだ。私もまた、最後に挙げた人間の部類に入る。
 しかしここ最近入ってくる連中は何かおかしい。アクア団がマグマ団に関して妙な宣伝だか悪評だかを流してくれてるお陰に、今ではマグマ団が悪者みたいに扱われ始めている。

「そこはお前が何とかしろよ。っつーかまあ、破壊活動をしてる危険な集団とか言っておきながら、あいつらアクア団だってやってることは変わらねえんだ。偽善者面した連中より俺たちマグマ団の方が余程筋が通ってると思うだろ?」

 にや、と効果音がつきそうな笑みを浮かべて、ネコミミフードの下の双眸が弧を描きギラリと光る。その時私は、ぞわ、と背筋を甘美な何かが走り抜けるのを感じた。まあ、さり気なく仕事押し付けられたから腹立たしくはあるのだが。

「まっ、あいつらの言葉をあのガキが信じようが信じまいが、それもガキの自由だ。どの道おれたちの先に立ち塞がるっつーなら、戦うまでだろ」
「はあ、まあそう言われればそうですね」
「ンだよお前相変わらず冷めてんな」

 ちぇっ、と唇を尖らせると、ホムラさんは急に立ち止まって私のフードを引っ張った。故に私もまた急停止を余儀なくされ、ぐえっと首もとが絞められる。何ですか、という前には既に、私の口はホムラさんの乱暴なそれに塞がれていた。頭は逃がさないとばかりにがっしりと捕らえられている。堪え性のない獣かあんたは。互いに目を閉じないままだからロマンもチックもあったものじゃない。

「ウヒョヒョ、ナカは熱いのにな」

 散々口内で暴れ回って気が済んだのか、始まりと同じ位唐突に唇を離すと、ホムラさんはぺろりと自らの唇を舐めあげる。別に、冷めてるつもりもないんですけどねえ。
 そのまま謝罪も前置きもないまま走り出したホムラさんを追いながら、私また、自分の唇を舐めた。



 えんとつやまを活性化させる取り組みは、リーダーが出張るほどに団をあげての大事業だった。私も一応したっぱの立ち位置だもんだから見張りにまわる筈なのだけど、私は所謂ホムラさんの「お気に入り」なもんだから、そういうことをせずに済んでいる。その代わり、私は休日返上でホムラさんの我が儘に付き合うことになっているのでおあいこだ。
 故に今も、ホムラさんの傍で、彼の見ている方向を同じ様に眺めている訳だ。

「えげつないですねえ、三対一なんて」

 そしてその方向には、マグマ団の我等がしたっぱが、アクア団の頭とバトルを繰り広げている最中だった。私がぼそっと呟くと、ホムラさんはぐりんと此方を向いてから、私の顔を見てにいっと唇に三日月を描く。

「なんだあ、そんな顔してアクア団のリーダーが心配か? お前、マグマ団に入って随分経つのにまだそんな考え持ってんのか。いいんだよ、この位出来なくて俺たちのリーダーとタメが張れるかっての」
「そうやって」
「ウヒョ? なんだ上司への文句かあ?」

 横暴で、部下の扱いが乱雑で、反抗心はぽっきり……いやめためたに折ってしまいたくなる性質の、困った上司。けれど彼の嗜虐心に溢れた表情は、見ているとぞくぞくするし、ドキドキが止まらない。もっとそういう顔が見たいけど、私はそこで身を引いた。

「違いますよ。そうやってギラギラした目のホムラさんは、格好いいって思っただけです」
「ウヒョヒョ!! だろ! 流石は分かってるな。惚れ直したか?」
「いえ? 私分を弁えた人間が好みなものでねえ」

 ゴッ、と鈍い音と同時に脳天に拳骨が落とされた。仮にも女子に拳骨ってどうなんだ、容赦ない。私は別にに被虐嗜好はないのだ。

「可愛くねえな」
「いっ……いったいですよ!」

 不平を上げながら痛みに歪んだ顔も上げれば、苛立ちやら嫉妬やら、何やら入り混じった瞳と目があった。瞬間、再びぞわっと背に走る。私の表情を認めたホムラさんは、怪訝な目で私を見下ろした。

「何笑ってんだ? 。お前マゾの性癖でもあったのかあ?」
「冗談はその可愛いフードマントだけにしてください」

 無論そんな口答えをして無事に済む訳もなく、私は直後にフードの上から頭ぐりぐりの刑に処されたのであった。え? 前の変人扱いはどうだったのかって? 彼にしてみれば変人は誉め言葉らしい。見上げた変人である。



 おくりびやまで、あいいろのたまを手に入れて。もうすぐ、もうすぐだ。もうすぐ我等がリーダー、マツブサ様の悲願が叶う。
 なんて、私は別にマツブサ様に惚れ込んでる訳でもないんだけど。幹部のホムラさんやカガリさんが此処にいると楽しそうにしてるから、まあそれが見られる内は此処にいてもいいかな、なんて。

「しかしあっちいなあ」

 そうホムラさんはぼやく。あっつい、ね。これ以上陸地増やしたらもっと暑くなりそうで嫌なんだけど。それ以上に、私このまま此処に居ると、ホムラさんに体温上げられるからあんまり心臓に良くないだけど――まあ、こんなものはのめり込んだ方が負けなのだ。その法則で行けば私は彼に出会った瞬間から負けが決定している
 しかしそんな素振りはおくびにも出さず、私は今日もマグマ団として、汗水垂らし働くのである。さあ、もうすぐ潜水艇の発進だ。

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