禁断の恋? ねーよ

「カイリュー、はかいこうせん」

 チョウジタウンにある店に入った瞬間目にした光景に、あたしは思わず踵を返して走り去りたくなった。それも尤もなことだろう。何故なら突然、目の前の男が店員、というかあたしの仲間に向かってはかいこうせんを撃ち込みやがったのだから!
 本来ポケモンの技は人に向かって放つものじゃない。しかし、だ。この黒いマントを羽織った野郎はそれを事も無げにやりおった。確かにあたしだって腐ってもロケット団だ、悪事もするし、そりゃポケモンの技を人に放ったり……なんかもする。でも「はかいこうせん」はない。もう一度言う。「はかいこうせん」はないぞ! そんな一撃で人を殺してしまいそうな技を、あたしのような下っ端ヘタレ女が命令出来る筈もない。
 これはアレか? もしかして、あたしがロケット団だってこの目の前の男にバレたら死亡フラグか? あかん、あたしはまだまだ若いんだ、此処で死ぬわけにはいかないんだ!

「ん? 誰だ君は」

 とか何とか考えていたら目の前の男に話しかけられたよどうすればいいんでしょ。やっぱり逃げる? 逃げればいいの?  いや駄目だな。背を向けた瞬間にそこのカイリューさんがあたしに向かってはかいこうせんだ。何だそれ笑えない。
 となると居座って、だ。

「あ、あなたが誰、ですか?」

 よーしよしよしあたしにしては上手い返しだ! 変じゃないよ、だって目の前ではかいこうせん人に撃ってる人に名前なんざ教えないもんねっ普通!
 すると黒マント野郎はきょとりと目を開くと、ああおれは、と胸に手を当てた。

「おれはワタル。ここに何か買いに来たのか? だがすまない、他を当たってほしい。……それとも、君もロケット団、か?」

 優しげに語り始めたと思ったのも束の間、ワタルと名乗った男はすっと目を細めるとあたしを見据えた。その瞳に背骨が凍ったような錯覚を覚えたが、あたしは何とか切り抜けるために頭をフル回転させる。伊達にロケット団にいない、悪知恵だけで生きてきたようなあたしに、隙は!

「ち、違います、あの、あたし……あたし、ここから変な電波が流れて、て」

 あかーん! 駄目だ「本当っぽい嘘」を吐こうと思ったら八割方本当のこと言ってるし一般人装うにしたって変な電波に気付くか普通ー! と思ったところで言葉は既に放たれた後。
 しかしワタルはそうは思わなかったようで、ぱっと顔を明るくした。な、なんだってんだ。

「そうか、君も気がついたのか! てっきりあのコトネという少女だけかと思っていたが……これなら心強い」
「あの、あたしお邪魔なら帰ります、よ?」
「そんなことない! なあ、君もおれを手伝ってくれないか」

 さっと手を握られて始まる、敵同士の禁断の恋……なんて、ねーよ。けどここで振り払ったら折角のあたしの芝居が台無しになる。仕方なしに、あたしはぎこちなく頷いた。するとワタルは満足げに笑み、そしてあたしの手をひいてってそっちはああ秘密の通路があああ!

「おれと一緒に行こう、大丈夫だ、おれのカイリューは強い」

 なら一人で行ってください。とは言えなかった。
 ごめんみんな。ラムダさん。あたし後でなんか奢るからさ。……この黒マント野郎どうにかして倒して下さい。


 とか何とか思っていたのに、あたしの仲間は面白いくらい一撃で倒されてゆく。ひゃひゃひゃなあたしの兄貴分は後から来た女の子に燃やされてるし。や、厳密に言えば彼女のマグマラシに、だけど。やだ怖い怖い。そして恨めしげなみんなの顔が怖い怖い。
 最後なんかラムダさんも倒されてアテナさんも二人に倒されて、あたしってば此処にいる意味あったの? まあこの二人の実力を見るに、あたしがロケット団として彼らを妨げたとしても、止めることなんて出来なかっただろうけど。

 あーあ。折角の怪電波の実験、実験は成功しても内密になって任務は成功しなかったなあ。仕方ないとはいえ、あたしは脳内で一体いくら奢らなきゃならないのかと計算するのに必死になっていた。
 先を歩く二人にふらふらとついていっていたが、気がつけば全て終わってしまっていた。発電していたマルマイン達は全て目を回してしまっている。
 それをぼんやりと眺めていたあたしだったけど、不意に二人の話している内容に目を見張った。それは、叶うはずもないと誰もが思う、夢の話。

「諦める位なら最初から夢見ないよな……」

 そう言ったワタルの言葉に、胸が詰まるような思いがした。
 あたしの、夢。あたしが抱いていた、遙か昔の青臭い夢。この少女の語った夢程大きなものではないにせよ、それは、叶わないといつかのあたしがあきらめてしまった夢。それを思い出して、思わずモンスターボールを握り締めた。
 それに気がついたらしいワタルが、怪訝そうな目であたしを振り返る。

「どうかしたのかい、体調でも……?」

 心配そうな顔をして此方に手を伸ばしたワタルがあたしに触れる前に、あたしはモンスターボールからポケモンを繰り出した。あたしの手持ちはロケット団支給の三匹と、懐刀一匹。見たところワタルの手持ちはカイリュー一匹。この短時間ではあるが、このワタルと言う男がアンフェアな戦いを好まないことも、カイリューに絶対的自信を持っていることも分かっている。そしてコトネという少女は未知数だが、今のところ此方に手出しをするような素振りはない。だからきっと、ワタル一人を相手するなら、勝算は、限りなくゼロに近いかもしれないけど――ある!

「まだです。まだ、終わっちゃいない。あたしは、あたしもロケット団だ! 黒マント野郎、あたしとバトルしろ!」
「えっ、君が!?」

 戸惑いつつもカイリューで応戦するワタルを前に、あたしはポケモンへと指示を飛ばす。

 あたしの夢。諦めた筈が、諦めきれなかったその夢は、チャンピオンに勝つこと。
 ドラゴンポケモンの遣い手、不自然な黒いマントに、ワタルと言う名前。最初は気が動転して何も気がつけなかった、けど、それは正真正銘、ジョウトとカントーのチャンピオンに君臨する男だ。
 三年前に最年少チャンピオンが誕生しそうになって、その時のワタルと男の子のバトルビデオを見たことがある。あたしよりずっと若くて、子供の筈なのに、あたしよりもずっとバトルが上手くて。思い知ってしまったのだ、あたしがこの先どんなに頑張ったところで、あの少年を越えることは出来ないのだと。
 思えばあの日から、あたしは変わってしまった。絶対的な才能の差って奴を見せつけられて、それまでのように盲目的にバトルに勤しむことも出来なくなってしまった。
 それでも、今目の前にいるのがチャンピオンのワタルなのだとしたら。あたしは、この二度と来ないであろう千載一遇のチャンスを、決して逃すわけにはいかないのだ!

「……ずるい。二体いるなんて聞いてない」
「ああ、おれも言ってない」

 しかしまあ、軍配はワタルに上がった訳で。やっとこんらんまひかいひりつめいちゅうりつとセコい真似をして倒したカイリューだったが、その後ろにもう一体カイリューが潜んでいたなんて聞いてねーっつの。
 そんなこんなで一体倒した時点であたしのポケモンは殆どひんし状態だったから、ぴんぴんしたカイリューに勝てる筈もなく。あたしの相棒カメックスは敢えなく倒れ伏してしまった。氷技当たらなかったのが敗因か。
 けど、不思議と悔しさはなかった。結構ブランクはあったものの、今のあたしに出来ることをやりきって負けたことに、悔いはない。あたしのポケモンも全力を出してくれた。……まあ自宅にいるあたしの手持ち達がいれば、もっと違ったかもしれないけど、さ。

「じゃあねチャンピオン。早く通報すれば? まああたし達はそれよりも先に――ひぎゃあああ!?」

 格好つけている内に早いところ立ち去ってくれよという意味だったのだが、何がどうなるとあたしはワタルに横抱きにされているのだろうか。二十字以内で理由を述べてくれ。
 しかもこの男そのまま走り出したんだけど! はっ、意味分からない!

「い、いやあああっ! ら、ラムダさん助けてー!」
「ははははっ! 敵同士の禁断の恋愛って燃えるよな!」
「燃えねえよ、いや寧ろ燃え尽きてあんたが灰になっちまえよ! あんた何なの、あたしをどうする気!?」
「そうか、燃え尽きるまでおれと一緒に居たいか! おれも同じ気持ちだ、結婚しよう」
「待って!? あたしと会話のキャッチボールしようぜ! あんた言ってることおかしいし、あたしはあんたの嫌いな悪人なの! けけけ結婚とかっ、早すぎる!」
「確かに君は悪人だったかもしれない。けれど君は改心したからおれと共にロケット団と戦ったんだろ? そしておれに向かってきたあの強い決意の眼差し。あれを見れば分かる、君は決して悪人なんかじゃないと」
「ば、ばかじゃないの!? あたしは」
「それにおれは君が好きになった。そのことに何か問題があるか? ないだろう」
「人の話聞けよ!」
「おれは君の話を聞いている。聞いていないのは君の方だろう?」

 こうしてすたこらさっさと連れ去られたあたしは、この先この変態黒マント野郎に違う意味で勝利することになるのだが、まあその辺り、また別の話である。

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